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日本のボランティア活動を称賛する(社説)

 日本語を話せるブータン人は多くはいない。 しかし、「ありがとう」は私たちの口でよく使われる言葉である。 多くの人がこの言葉を理解しており、日本人旅行者や役人を印象づけるために最初に使われる言葉である。

 10月27日金曜日、日本大使館はブータンにおける青年海外協力隊活動35周年を記念して、毎年恒例のジャパン・ウィークをティンプーで開催した。 祝賀会に出席した公職の人たちは空手と柔道のデモンストレーションを見て楽しむとともに、ブータンの発展に重要な役割を果たしたボランティアたちに感謝の言葉を捧げる厳粛な瞬間となった。

 海外ボランティア・プログラムについては、私たちが日本語を話すほどあまり話題にならないかも知れないが、このボランティア・プログラムはブータンでは何百人ものボランティアが派遣された分野で貢献したと多くの人が語っている。最初のボランティア・グループは1998 年に当時パロにあった農業機械センターに派遣された。 農耕社会であるブータンにとって、農業は専門知識、コンサルタント、あるいはボランティア、つまり専門家を必要とする分野であった。

 このプログラムの成果は、高齢のパロの農家の人の心に刻まれている。 ブータンの農業が変革し、パロが農業の機械化を受け入れた最初のゾンカクとなり、かつては耕耘機を所有することが社会的ステータスになったとき、彼らは今でもJICAプログラムに「ありがとう」と言っている。

 それ以来、641人の日本人ボランティアが14のゾンカクで、教育、保健、スポーツ、インフラ、建築、都市計画の分野で働いてきた。 ブータン人と日本人の間には、ブータンの酒であるサキーやアラを飲むこと以外にも文化的な類似点があるため、ブータン人はボランティアを心から歓迎した。 体力訓練教える学校の体育教員、真面目な農業従事者、機械センターのダイカストによる金属部品の鋳造技術者などは、常に新しいアイデアをもたらすものと見なされていた。

 日本とブータンは何十年にもわたって良好な関係を築いており、現在もその関係は続いており、日本はブータンの発展と近代化に大きく貢献している。 ボランティアは技術的および財政的援助ほど目に見えるものではないかもしれないが、一部の組織が人手不足を埋めるために、このプログラムに注目するほどの役割を果たしてきた。

 JICAボランティアに限らず、ボランティア制度を最大限活用すれば、専門知識が不足している分野で貢献できる可能性がある。 ボランティア・プログラムは、受入国に有意義に貢献できるボランティアを代理するものであり、人材不足を埋めるものと見なされるべきではない。 アジアやアフリカの発展途上国で奉仕したボランティアの中には、孤立して働いていて、一緒に働くことができずに特定の任務を与えられていると感じた人もいる。

 35 周年を迎えるにあたり、JICAボランティア・プログラムの草の根アプローチは体験を共有する好例である。 地域の問題を地域で解決するために、地域で暮らし、働き、考え、解決策を見つけることは優れた方法である。 ボランティアの数は減少しているが、プログラムを再構築することは可能である。1990 年代にディーゼル駆動の耕耘機用のすき(農機具)を作ることが優先事項だったとしても、今日では技術が急速に進歩している。 このプログラムをどれだけうまく活用出来るかは、ボランティアとホストのニーズと関わり方をどのように選択するかによって決まるであろう。