ブータンの教育
ブータンの教育
はじめに
このページで書かれているブータンの教育についての概説は、2013年度における現状として、ブータンで発行され資料を基にまとめられたものです。ブータン国王はじめ、国の将来を真剣に考える多くブータンの人たちが、ブータンの発展は、これから育っていく若者の教育にかかっているという意識がとても強く感じられます。そのこともあってか、2000年以降、教育制度の改革はとても活発であり、2013年以降も、普通学校制度におけるセントラル・スクールの導入や、高等教育における新たな大学・カレッジの創設、技術職業専門学校の改組、新設などもあって、全体的に教育機関の改革に目まぐるしく行われてきました。そのことから、以前に書かれた報告は書き替えなければならないことになるのですが、2013年に書かれた概説も、ブータンの教育の基本的なことを理解する上で有益と考え、ここに表示します。ブータンの教育省は、2015年以降、年次毎に、詳細なブータン教育統計を発行するようになり、それによって、私たちはその年ごとに、ブータンの教育現状を正確に知る手がかりを得ることができるようになりました。この統計集の私たちが見れる最新版が2019年度の教育統計で、その抜粋をこのブータン教育の報告の中に収容しました。今後、より新しい版がでれば、古い統計は、新しいものに取り換えていきたいと思っています。
ブータンにおける教育略史
仏教が伝わった8世紀以降、20世紀に入って近代的な教育が始まるまで、僧による教育である僧院教育は、ブータンで行われた唯一の公的な教育であった。
1914年 初代国王ウゲン・ワンチュクが、ハとブムタンに主に王族の男子の教育のために最初の学校を作った。
1950年 2代国王ジグメ・ワンチュクにより初めて西洋的な学校が作られた。3代国王ジグメ・ドルジ・ワンチュク(在位1952年~1972年)は、ブータンにおける独自の教育制度を確立しようとした。この時期では多くのブータン人の子弟は、インドの北部にあるダージリンやカリンポンのミッション・スクールで学んだ。
1961年 最初の5ヵ年計画が発表され、教育の拡充計画が盛り込まれた。
1963年 ダージリンで高校の校長をしていたカナダ人のカトリック・イエズス会の牧師ファーザー・ウィリアム・ヨーゼフ・マッキ―は、国王によりブータンに招かれ、亡くなるまで教師をしながらブータンの教育の近代化に大きな貢献をした。また彼は2003年王立ブータン大学が新設されるまでは、ブータン唯一の大学であったセルブツェ大学を創設した。
1972年 4代国王(在位1972年~2006年)の代に入って、GNHの概念が政策の指標となり、教育が特に重視されるようになった。 継続的に出されてきた5カ年計画によって、教育制度と学校設備の拡大・改善がなされた。1988年で就学率は小学校で25%、中学レベルで8%、高校レベルで3%であった。国連の報告では、1990年代の識字率は男30%、女10%であった。最近の2013年の報告で、初等教育の就学率は96%、前期中等教育の就学率が94%、成人の識字率が55%と改善されている。現在でも義務教育制度は採られていないが、政府としては、前期中等教育までの就学率を100%になるよう目指している。
次の2つのグラフは過去約50年間における、ブータン全体の教育施設の数と、各教育機関に登録した学生総数の推移を示しており、この50年でブータンの教育が急速に発展してきたことを示している。
現在の教育制度
ブータンで現在行われている教育は、以下のように分類される。カッコ内は、ブータンで行われている教育の英語表現を示す。
- 普通教育(General Education)
- 職業訓練教育 (Vocational Training Education)
- 高等教育 (Tertiary Education)
- 僧院教育(Monastic Education)
- 生涯教育 (Non-formal Education & Continuing Education)
- 特殊教育 (Special Education)
ブータンでは義務教育制度はなく、国民はそれまでの成績で決められる入学可能な学校の中から、希望する教育機関に進学する。
普通教育
普通教育は、7年の初等教育(Primary Education)と6年の中等教育(Secondary Education)から構成される。これらの教育制度の学年を一貫させて、それぞれの学年をクラスと呼ぶ。すなわち、初等教育の最初の1年間を予備教育クラス(PPクラス)として、それに続く学年を、1から12までのクラスとする。このクラスの番号を表す数字をローマ数字で表すのが普通である。
ローマ数字 1〜6 : I, II, III, IV, V, VI 7〜12 : VII, VIII, IX, X, XI, XII
小学校(プライマリ・スクール)へは6歳から入学でき、PPクラスとクラス I からクラスVIまでを初等教育とする。
中等教育は、クラスVIIからクラスXIIまでの教育とする。一つの中学校で教育するクラスによって、前期中学校(ロゥア・セカンダリ・スクール:LSS、クラスVIIとクラスVIIIを置く)、中期中学校(ミドル・セカンダリ・スクール:MSS、クラスIXとクラスXを置く)、後期中学校(ハイヤ・セカンダリ・スクール:HSS、クラスXIとクラスXIIを置く)などと呼ばれる。実際の中学校の呼び方は、必ずしもこの分類に当てはまるとは限らず、クラスVIIとクラスVIIIの他に、クラスVI以下の初等教育も行っているMSS、クラスIXからクラスXIIまでのクラスを置くHSSなども存在する。結局、その学校のもつ最上級のクラスによって、その呼び方を決めている。
職業訓練教育や高等教育を加えて、ブータンの普通教育の概要を以下に示す。
クラスVI、クラスVIII、クラスXとクラスXIIの終了時に、全員が修了資格を得るための国の統一試験を受ける。試験に合格すれば次のクラスに進級できる。クラスXIIの場合は、試験の成績は入学できる大学の選択に反映される。進級の場合の試験の合格率はかなり高いが、不合格になると、義務教育ではないので、そのまま学校を去る学生もいる。
PPクラスからクラスXまでの教育をブータン国民が受けるべき基礎教育とし、5ヵ年計画で、国民全員が修了することを奨励している。
ブータンでは多くの人々が山岳地帯に疎らに住んでいるので、子供の通学距離を適切な値に保つことは、常に社会的な課題である。この課題の解決する方法として、小規模なコミュニティ・プライマリ・スクールが、地方に数多く配置されてきている。
職業教育
ブータン政府は職業教育を教育政策の重要な柱とみなし、職業訓練専門学校を21世紀に入ってからも新設・増設を行っている。 普通教育や王立ブータン大学が教育省 の管理の下にあるのに対して、職業訓練教育機関は労働省によって管理されている。入学条件として、クラスXまでの基礎教育を修了していることを課している。就学年限は、2年であるが、美術工芸の分野では6年までの年限を要するものがある。
ブータン政府は職業訓練学校が、ブータン国土全体に偏りがないように7校配置されている。ブータンの職業訓練の専門学校は以下の表で示す。
所在地 | 学校名 | 専門分野 | 年限(年) |
---|---|---|---|
クルタン(プナカ) | クルタン技術訓練学校 | 電気工学、溶接・鋳造、機械整備 | 2 |
サムタン(ウォンディ) | サムタン技術訓練学校 | 自動車整備、自動車運転 | 2 |
チュメ(ブムタン) | チュメ技術訓練学院 | 建設工学 | 2 |
ランジュン(タシガン) | ランジュン技術訓練学校 | 電気工学、コンピュータ、家具製作 | 1-2 |
シャーション(サルパン) | サルパン技術訓練学校 | 建設工学、機械工学、電気工学 | 2 |
タシヤンツェ | タシヤンツェ伝統美術工芸学院 | 伝統美術工芸、ゾーリッヒ・チュスム | 2-6 |
ティンプー | 国立伝統美術工芸学院 | 伝統美術工芸、ゾーリッヒ・チュスム | 2-6 |
上の表で、伝統美術工芸学院の専門分野として、ゾーリッヒ・チュスムと記されている。ブータンの言葉で、Zoは、ものを作る能力であり、rigは、科学や技術を表す。 Chusumは、数字の13である。Zorig Chusumで、「ブータンの伝統的な美術と工芸」を意味する。ブータンの伝統的な美術と工芸には、13の分野があると考えられている。 この分野の中には、伝統的な仏画、彫刻や仏具の作製の他に、紙すき、ソンやお寺の装飾建築、竹や藤蔓製品、木製食器、銀や金の加工製品などの手工技術などが含まれる。
第11次の5ヵ年計画(2013-2018)では、それぞれ定員250名の8つの職業訓練校と、定員200名の2つのゾーリ・チュスムの美術工芸学院の増設が計画されている。
高等教育
2003年以前では、東ブータン・カンルンにあるセラブツェ大学がブータンにある唯一の大学であったが、2003年6月、これまであった工業技術専門学校、医学校、教員養成学校、王立経営学院などを次々と大学に改組・昇格し、それら複数の大学を一つに総称した王立ブータン大学(RUB)を開設した。セラブツェ大学も王立ブータン大学の一つに組み入れられ、現在王立ブータン大学はブータン各地に9の大学で構成されて、ブータンの高等教育を担っている。王立ティンプーカレッジは、ブータンで唯一の私立大学として発足したが、現在は、RUBの中に組み入れられている。王立ブータン大学はクラスXIIまでの中等教育を修了した学生が入学できる。 王立ブータン大学の個々の大学名と所在地を次の表で示す。
王立ブータン大学の個々の大学名と所在地を次の表で示す。
番号 | 大学名 | 専門分野 | 所在地 |
---|---|---|---|
1 | 天然資源大学 | 農学、天然資源、地方開発 | ティンプー・ロベサ |
2 | 科学技術大学 | 工業技術(電子工学、通信、機械、コンピュータ等) | プンツオリン・リンチェンディン |
3 | 言語・文化大学 | ブータンの言語・文化、ヒマラヤ文化、仏教学、GNH研究 | トンサ・タクセ |
4 | ジグメ・ナムギェル・ポリテクニク | 工学、科学技術(電気、機械、建設、コンピュータ) | サンドゥプ・ジョンカー・デワタン |
5 | パロ教育大学 | 教員養成 | パロ |
6 | サムチェ教育大学 | 教員養成 | サムチェ |
7 | セルブツェ大学 | 経営・経済学、コンピュータ科学、ゾンカ、英語、生態学 | タシガン・カンルン |
8 | ゲドゥ・ビジネス大学 | 経営学、経済学(セルブツェ大学から移譲) | チュカ・ゲドゥ |
9 | 王立ティンプーカレッジ | 環境管理、経営学、政治・社会学、英語学 | ティンプー |
以下の大学は、RUB設立の当初は、RUBに組み入れられていたが、現在はRUBとは独立した大学である。
番号 | 大学名 | 専門分野 | 所在地 |
---|---|---|---|
1 | 国立伝統医学校 | 伝統医学 | ティンプー |
2 | 王立健康科学大学 | 健康科学 | ティンプー |
3 | 王立経営大学(RMI) | 経営学、経済学、地方政治、行政学、公務員養成 | ティンプー |
RBUの定員は、2006年の3,920名から2012年の9,000名に増大させた。
ブータンの高等教育は、この十数年の間とても急速に変革されている。2016年でも東部の地区に3つの大学を新たに作ることを、政府は決めている。
ブータン初の私立大学
2009年にブータン初の私立大学-王立ティンプー・カレッジ (RTC)が設立された。大学名にRoyal(王立)とついているが、私立大学であるので、授業料を徴収するなど、RUBとは異なった運営が運営がなされている。しかし、その後RUBの傘下に入り、学位はRUBから認定される。RUBはインド大学連盟のメンバーであるので、RTCから得られる学位は、インドの大学での学位認定に際し有効と認められるとしている。
アメリカWheaton Collegeや日本のいくつかの大学と協定を結ぶなど、国際的な大学間交流に積極的である。
僧院教育
ブータン王国における僧院教育(Monastic Education)は、ブータンに仏教が伝わった8世紀から始まり、17世紀のシャブドゥング・ンガワン・ナムゲルによるブータンの行政体制の確立の下に、組織化された。西洋の近代的な教育が導入されるまでは、僧院教育は読み書きや、その他の学業を学ぶ唯一の教育の場であった。なお、 僧院とは、僧侶および若い僧が寄宿して修業している寺院である。近年になっても、ブータン国民全体の教育という観点から、僧院教育は重要な役割を担っているが、他の教育制度と比べて、統計に基づいた報告が、政府からあまり出されていないので、その詳細は不明な点が多い。
僧院教育は、中央僧連盟(Central Monk Body)により管理されるものと個々の僧院によって独立に管理されるものとがある。教育は、僧院、尼僧院、ゾンの中に配置されている僧院(ダツァング)、仏教大学(シェドゥラ)、ラカン(寺院)、瞑想センターなどで行われている。
僧による行政組織をサンカと呼ばれている。僧院教育の機関として、サンカの地方支部に相当するサンカ・センターが20あり、それらに19の小・中学校と高校(普通教育のHSSに相当)が付属している。13の仏教大学(カレッジ)、27の瞑想センター、13の尼僧院がある。 2013年の統計によると、僧院教育している施設は、ブータン全土で388個あり、僧の修行をしている僧の数は、7240である。 国内の仏教大学には、カギュウ派のものとニンマ派のものがあるが、いずれの派においても、仏教の布教者として外国の人々との交流も考慮に入れて、本来の仏教の教理の他に、英語なとの外国語、近年の情報技術などの教育も重視されている。
生涯教育
ブータンで行われている教育プログラムであるノンフォーマル教育(Non-formal Education: NFE)および継続教育(Continuing Education: CE)の目標は、ある程度年齢を経た成人が勉強をし直す機会をもつという、日本における生涯教育の趣旨と似ているところがあるので、これらの教育をまとめて生涯教育と呼ぶことにする。このNFEとCEを管理する部局は、教育省の中に2003年にNFCED(Non-formal & Continuing Education Division)として設置された。
NFEでは、学校教育を受けたことのない成人に対して、国語であるゾンカの読み書きや、普通の生活上必要になるような算数の手ほどきを行う。地方に応じてNFEを行う事務組織(センター)を立ち上げ、9ヶ月または12ヶ月の授業コースを計画する。授業は週1回、家事や仕事に差し支えないように夕方の2時間程度である。 クラスXまたはクラスXIIの修了した人が教師となる。最近は住民に対する教養普及のよい機会なので、感染予防、健康管理、ジェンダー、DV、生活の知恵として料理、手織り、縫い物、育児、野菜作りなどを特別なテーマとした授業が行われることがある。
継続教育(CE)は、2006年ティンプーの私立学校の一つが試験的に始めた教育の一つの形態であり、現在は他の地方に、また公立の学校に広まっている。これは、クラスIXとクラスXについて、何らかの事情で進学できなかった人々が、現在就いている仕事を続けながら、授業を受けてそれらのクラスの修了資格を得るものである。
2007年の統計として、NFEのセンター数が777であり、受講生の数は、14,400人にも登り、すべての普通教育を受ける人数の約1割にあたる。 現在、教育省としては、生涯教育を行うNFEをさらに発展させ、語学ではゾンカの他に英語の訓練をすることや、情報機器や情報技術を勉強する機会を与えるものも行うように計画している。
特殊教育
ブータン政府は、障害者に対する教育を、すべての国民が等しく受けるべき教育のひとつと捉えて、重要視している。タシガン県・カリンにある視覚障害者のための国立障害者学校には、2008年の時点で、50人の生徒と13人の教師がいる。パロ県にあるドゥギェル・ロウア・セカンダリ・スクールは、聴覚障害者のための施設である。ティンプー県にあるチャンガンカ・ロウア・セカンダリ・スクールは、身体と精神の障害をもつ生徒のための学校である。ティンプーにある障害者のためのダクツォ職業訓練センターは、裁縫、木彫り、絵画などいろいろなタイプの手工芸を訓練する。その他、モンガルLSS、サムツェのテンドゥクHSS、タシガンにあるムエンセリン学院、ジグメ・シェルブリンHSS、セムガンLSSなどで、特殊教育が行われている。
私立の教育機関
1987年にブータンで初めての私立学校であるケルキ学校が設立された。この学校は小学校の予備教育を行う学校として発足したが、その後1999年に高校に拡充された。2007年までで、プライマリ・スクールからハイヤー・セカンダリ・スクールまでの私立学校が30校作られている。ブータン政府の教育省は、私立学校のカリキュラムや授業料の額などについて、監督指示を行っている。先の高等教育のところで既に紹介しているが、王立ティンプー・カレッジという私立大学が設立されている。 普通教育のレベルで私立の学校に通う学生数は、2013年で約12,000人である。仕事に就いていて、IT教育、情報処理、企業経営、ゾンカなどの実用的な知識を身につけたい人のために、私立の技術専門学校が、ティンプー、プンツオリン、モンガル、ダンプーなどに、設置されている。