プンツォリンからインド経由でサムドゥプジョンカルへの旅

2023年1月28日

ニマ・ワンディ

 1月15日、私は小さな車でティンプーからプンツォリンを経由してサムドゥプジョンカルに向かう旅に出発した。

 私は午前8時30分頃プンツォリンに到着した。ルートに慣れていなかったので、インドの高速道路NH 31を通ってサムドゥプジョンカルに向かう車を探した。(そのような車に付いて行こうと思った。)

 待っていると、ティンプーとサンドルプジョンカルの間を定期的に往復する旅客者向きバスがインドに入る車の列に入り込んでいるのが見えた。

 インドのケイタイ用のSIMを持っていなかったのでグーグル・マップが使えなかった。 グーグル・マップがオフラインで機能することを、当時は知らなかった。 

 高速道路で通行料の料金所をたくさん見かけた。 道路脇の注意看板は「トール プラザ (料金所)」と読めた。 インドの通貨 (IC) 95 を支払うように求められたので、それを支払った。

 ランチ・ポイントまでバスは乗客を運び、停車したところでバスの乗客は一緒にランチに行った。

 確かにとても良いランチであったが、バスは先に出発していて、姿を消していたので、私はパニックになった。

  途中で別の二つの通行料金カウンターを横切り、多額の料金を支払わなければならなかった。

 IC 600を支払うように求められた人もいた。

 私は料金所で通常の通行料を支払って通過ができるかどうか尋ねた。しかし、それはできなかった。 バーコード付きのカードをもらった。 最後の料金所だったので、それをどう扱えばいいのか、わからなかった。

 領収書には、私が支払った金額さえ表示されていなかった。 それにはRs(ルピー) 170と書かれていた。

 「前に料金所で支払ったお金は、無くなった」と、一人の警官は極めて平然と言った。

 私は旅を続けた。 さらに悪いことに、私は道を間違えてンガングラムに近づいていた。 そこから方向を変えて、再びインドの道をたどり、国道31号線に戻った。

 その頃にはもう暗かった。

 パッツァラを走っていてンガングラムへの交差点を数キロ過ぎたところで、私は勤務中の警察官に助けを求めるために立ち止まった。 サムドゥプジョンカルへの正しい道を運転しているかどうかを尋ねたかったが、彼は無作法で、こちらを非難し始めた. 彼は私の息子がシートベルトを着用していなかったと言った。

 私はRs 1,000を支払うように求められ、罰金を支払わなければサニー (交番) に連れて行くと脅された。

 「500を払って行け」、さっさと罰金を払え」彼の毛むくじゃらの手を私の鼻にこすりつけた。 お金の領収書すら渡されなかった。 その時、午後7時頃でした。

 サムドゥプジョンカルに到着する前に私が話したあるインド人は、道路沿いの警察が夜にあなたを止めたとしても、車を止めたのは悪い考えだと言っていた.

 天に感謝します。これらすべての厄介事を経験した後で、サムドゥプジョンカルにたどり着きました。

 翌日、同じような話をしたブータン人のボレロ自動車の運転手に会った。 彼はまた、カードのバーコードをスキャンすることで通行料を支払うのに役立つと主張されているカードに600ルピーを支払うように求められたと言った. しかし、サムドゥプジョンカルに戻った翌日、カードをスキャンすることができなかった。

 道路を利用する人に妥当な料金を請求するのは当然であるが、そのような汚職があってはならない。

 領収書に電話相談サービスの番号が書かれていたが、それはインドの 携帯電話のSIM カードを持っている人だけのものであった。

 プンツォリン-サムドゥプジョンカル 高速道路に沿った厳しい旅の話である。

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