日本の教授がブータンの田舎を体験するプログラムを始める

2018年9月25日 ニュース

 3人の日本の学生が、ブムタンのウラのシンカー村で、1週間を過ごす経験をした。

 甲南大学の学生、サロノ・スギヤマさん、ユカ・ミウラさん、ヒナタ・ソガベさんは、(甲南大のある)オカモトの喧騒には慣れているが、シンカーは、本質的に真の幸福を探すために生きる機会を求める3人の若い日本人を魅了した。

 「我々は物質的な幸福は重要ではないことを認識した。 仏教に基づく宗教的考え方は非常に強く、これは幸せなブータンの背後にある秘密かもしれない」とヒナタ・ソガベさんは述べた。

 しかし、学生は、村の人々が日本人のように毎日入浴していないことが、とても普通でないと知った。 「しかし、彼らは私たちのために、親切に熱い石のお風呂を準備してくれました」と、サロノ・スギヤマさんは言った。日本では人々はすべてに支払う必要があると付け加えた。
 学生たちは1週間ほど最新の機器やネットワークの世界から離れて、旅行によって人生の全く異なる側面を探求する機会が与えられたと述べた。 「地域社会において、お互いを助け、あらゆる時に祝福しあうことに強い活力がありました」とユカ・ミウラさんは語った。

 彼らがシンカーに来ることになったのは、ブータンに何度も来ているマサキ教授が導いた大学のプログラムによるものであった。
 マサキ教授は2004年にJICAプロジェクトによって始めてブータンを訪れ、2006年にはブータンのJICAの地方行政に関するプロジェクトのアドバイザーとなった。 教授は、シンカー・デチェンリン・フェンディ・ツェンツォグと呼ばれる非公式の協会にとって非常に親しい知人でもある。 2006年以来、マサキ教授はブータンを訪問するたびにシンカーを訪れている。

 彼はその地域社会のために何かをしたいと思い、JICAと甲南大学の支援を得た。 彼はこれが89世帯を対象とし、一つのチオ(選挙区)に焦点を当てたミニプログラムとなる最初のJICAプロジェクトであると主張している。
 JICAから1,000万円(600 Nu,相当)の資金によって、ミルク処理ユニットを復活させ、2つの水車を保存し、小さな河川に沿って洪水防御壁を建設した。
 マサキ教授は、牛乳加工部門はほとんど機能しておらず、構造は諦められたと語った。 プロジェクトは新しい設備を導入し、構造は改修された。

 より多くの日本人学生がシンカーを訪れる予定である

このプロジェクトは協同組合を復活させただけでなく、協同組合のリーダーとして5人の若者を訓練した。 これらの若者たちは、牛乳加工技術を習得するために日本に招かれるだろう。
 冬の3カ月を除いて、各家庭は約7リットルのミルクを処理装置に供給する。 マサキ教授は、各家庭に1リットル当たり、18から20 Nu.が支払われると述べた。 これは1リットル当たり35 Nu.に改訂されようとしている。

  彼の考えは、日本から学生を連れて来て、彼らがこれまで経験したことのない田舎のブータンを体験できるようにすることである、と言った。 「私の学生が体験するすべての小さな表示行為は、非常に特別です」
 3人の学生は、30人の学生が応募して開かれた競技会で選ばれ、シンカーを訪れる将来の学生の案内係となるだろうと、彼は述べた。
 資金は2年前に提案され、2年半のプロジェクトは今年4月に始まった。 洪水防御壁を除いて、残りはほぼ完了した。

 農村地域のコミュニティにおいて、人々が自然とその隣人と密接に暮らし、精神的および情緒的な幸福へのより豊かな価値観が受け入れられていると、このプロジェクトの概要は述べている。
 この背景にシンカーのプロジェクトは、農村生活の重要な柱となる人々の所得向上と集団活動の活性化を支援することであるとマサキ教授は述べている。 「豊かな文化的、精神的な遺産があるので、他のチオにとって、シンカーは優れたモデルとなるだろう」と教授は述べた。
 ツェリン・ドルジ

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