DNTは2018年が最も強い

2018年9月8日 国政選挙、ニュース

 6年前、医者、技術者と経営専門家が、ティンプー内の小さなレストランで、一杯のお茶と一皿のモモで、政党を結成する考えを議論した。

 それが、最初社会民主党と知られているDruk Nyamrup Tshogpa(DNT:日本で協同党と翻訳されている)の誕生であった。その党は、非公式に医者の党とも知られている。また、ロティ博士の党と呼ぶ人もいる。

 プナカのトエワン-リムカ選挙区の候補者タンディ・ドルジ、ペマガッツェルのナングラ選挙区の候補者カルマ・ドルジ、タシガンのバーツァム-ションプー選挙区の候補者テンジン・レクフェルは、DNTの中心的な創設者であった。
  DNTは2013年の第2回国会議員選挙に向けて政党を設立する意向を表明した最初のグループであったにもかかわらず、実際に登録を申請したのは、2012年12月10日で、最後に登録した政党であった。

 2013年の選挙において、前公共事業省大臣(Work and Human Settlement Minister)ドルジ・チョデン氏が、スローガン-「新しい時代、新しいアイディア」を掲げて、党を率いた。予備選挙で全体の17パーセントの票数しか獲得できずに、第3位となって、総選挙に出ることはできなかった。

  しかし、DNTは議会の外で活動していた唯一の政党であり、国の発展を追求し、国家の問題への懸念を高めた。 昨年、党は議会の承認なしに財政的優遇策をとったことを、憲法違反容疑で政府を訴えた。

 今年は、国王と国と国民へのよりよい奉仕に改善するために、変化と希望の選択肢として、ブータン国民のリーダーシップと信頼のなかの新たな信念を強く持って、3度目の議会選挙に再びステップを前進させている。

 過去5年間、党は今年の選挙のために働いて準備していきた。 党指導者たちは全205のゲオを回って、多くの情報を集め、党のマニフェストを確定した。
 会員数は2013年にはわずか135人であったが、今日は全国で11,000人以上になっている。 DNTは予備選挙を闘う4党の中で、登録会員数が最も多い。 今年6月30日現在、11人のメンバーが登録抹消されている。 党はまた、有望な候補者のプールから有能な候補者を選ぶという余裕を持っていた。 現在の党の資金調達額は198万Nu.である。

 ロティ・ツェリン党首は、2018年のチームが最強であると述べた。

 今年8月に議会が解散するまでに、DNTは第3回議会選挙の準備が整った。
 8月18日にブータン選挙委員会が第3回国会議員選挙の受付を公表した7時間後、DNTは、この選挙を行うために提出する最初の政党となる政党志願書(LoI)を提出した。
 党にとって、努力の成果の不平等な配分は大きな懸念であり、貧富の格差を狭めることは、彼らの心に非常に近い一つの目標である。

 イデオロギー

 党首によると、貧富の格差を狭めることにDNTが焦点を当てるのは、DNTを他の政党と区別するためです。 ニャムル党は、2045年までに、より強いブータン、統一された自立・繁栄した先進国のビジョンを持っています。
 党は、貧困が撲滅された平等な社会を想定しています。中産階級は活気があるだけでなく、また、繁栄しているだけでなく、裕福層と貧困層の間の格差も特に問題ではない。 

 それは、意志決定力がチオ、ゲオク、そしてゾンカクなどの地方行政区における草の根に渡されて、人々は調和のなかに住み、満足を追求し、そこではタ-ダムティ(tha-damtshi:ブータンの伝統的な道徳感)とレージュムドレ(ley-jumdre:tha-damitshiと伴に、ブータンのGNHの概念の基本となっている人生観)の生き方にしたがい、物質主義ではなく、幸せを追求するブータンを想定している。
 DNTは、人々にサービスを提供することによって、人々に奉仕する政府が存在する国を想定している。 すべての人々のための平等と好機、国民への愛と子どもにとっての有望な未来は、人々と我が党の共通の夢であろう。

 DNTは長期的な計画と、目標の実現に向けた直接の政策とプログラムが必要であると述べた。正義、自由、連帯を堅持した社会民主主義の線に沿ったものが、党の焦点になるだろう。
 国の富がより公平に配分されることが保証されるために、政策と戦略が適切に無くてはならないと、DNTTは述べている。党は、水力発電、農業、サービス業、その他の産業に支えられ、包括的で持続可能な成長を望んでいる。

 カムシン・メト(桃の花)は、ギャップを狭めるスローガンの党のシンボルである。我が党によれば、この花は、春の最初の色彩となり、平和、幸福、繁栄の高潔な憧れを抱く人間の精神の本質である希望を表している。
 その喜びに満ちているが、その花の短命の存在は、諸行無常を思い起こさせると、党は信じている。諸行無常の完全な認識においては、すべての人生が重要であり、後に何も残すことができないとする。 党にとっては、その花は生命の歌である。 それは自然の反論できない知恵の祝賀であり、それは人類の物語を紡いだものの核心の価値である自由、正義、連帯の原則を表している。

 党によると、花は人生の祝いであり、一緒に我々は民主主義を祝うために結束する。
 DNTは広範な協議を通じて発展してきたので、そのマニフェストは党のものというよりは、人々のマニフェストであると主張した。党指導者は、マニフェストは過去5年間の人々との協議の結果であると述べた。

 健康は国の多くの優先事項の中でもDNTの最優先事項であり、あらゆる村、ゲオ、地区で公平で質の高い保健医療を提供することを約束している。

 候補者の面では、DNTには若い大学卒業生、教育を受けた農民を含む幅広い専門家がいる。 医師、技術者、起業家、教育者、メディア関係者のほか、5人の元議員と3人政府次官が含まれている。
 DNTは昨年12月の悲惨な交通事故で、元保健省次官のドルジ・ワンチュク博士を失った。

 46人の候補者のうち12人が2013年の選挙で党の代表を務めた。 5人の女性候補のうち1人が2013年の選挙で党を代表した。 女性候補者の経験には、ICT、法律、公衆衛生、社会開発、大学卒業生が含まれている。
 この5月ティンプーで開催された党総会で党は、党首にロティ・ツェリン氏を、シェル・ギァルツェン氏を副党首に選出した。 プナカのトエワン-リムカ選挙区の党候補者タンジ・ドルジが元党首であった。

 党首

 ロティ・ツェリン党首はティンプーのメワン・ゲオのダルカ村の出身である。 彼は2001年にバングラデシュのダッカ大学でMBBS(医学士課程)を修了した。その後、2007年に米国ウィスコンシン州立大学医学部の泌尿器科で奨学金(フェローシップ)を取得し、2010年にはシンガポール総合病院、岡山大学の泌尿器内視鏡学でフェローシップを取得した。

 また、2014年オーストラリアのキャンベラ大学で経営管理学修士号を取得した。ティンプーのJDWNRH病院およびモンガルの紹介病院でコンサルタント外科医、JDWNRHではコンサルタント泌尿器科医として約11年間勤務した。 ロティ・ツェリン党首は、2014年から2018年の間、国王のKidu 医療部門の頭であった。

 彼は、バングラデシュの外科学会、国際泌尿器学会、米国泌尿器学会の会員であった。

 賞賛の中で、DNT党首は1990年にシェラブツェ大学からファーザー・マッキー・ゴールドメダルが授与され、2005年には米国のサンフランシスコで第14世ダライ・ラマの慈悲の英雄となり、昨年、国王からデゥク・スクセィ・メダルが授与された。

 党首は、党が人々の変化にたいする願望を果たし、ブータンの政治における信頼と調和をもたらし、そして進歩を開始するために、彼はそこにお存在すると言った。 「我々の努力のすべてにおいて、我々は格差を狭めることの最も重要な目標に導かれるだろう。

 党は格差を埋めるために変化を求める選挙運動をしている。 2018年に政党や政府を変えることができずに、2023年の選挙に入れば、すべての政党が野党の役割を競うだろうと信じている。なぜなら、同じ政党が選ばれることが繰り返し起これば、変化することが根こそぎにされるであろう。

 この選挙で国民が選ぶ選択は、国家とその将来の民主主義の本質を形作るだろうと考えている。

 デチェン・ツォモ

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